※本稿は、荒俣宏『すぐ役に立つものはすぐ役に立たなくなる』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
人生7勝8敗でいいじゃないか
人生は長距離レースであるが、実際は節目ふしめに決断しなければならない時期がある。場合によっては、そういう時期が若いときに来てしまうこともある。しかし、その決断が間違っていたかどうかの判断だけは、あわてないほうがいい。
たぶん死ぬ直前まではっきりしないし、人生の決算期になったとき振り返って、自分の一生が相撲の星取りにたとえて7勝8敗ならば、誇るべき結果を残したと思うべきだ。星一つの負け越しは、誰かにその星を譲ったことを意味するからだ。
勝ち星を墓場まで持っていくことはできない。せめて1勝でも、生きている後輩に譲っていくことができたら、世代をつないで種の存続を図っていく生物の一員として、かなり上出来だと思う。
死ぬまで自分がしたかったことの1つでもやり抜いていたら、その1つは誇らしい宝となる。
「使えない木」だから「神木」になれた
中国の名著『荘子』という本に、「櫟社の散木」という教訓話がある。この故事を、わたしは国立民族博物館の初代館長であった、梅棹忠夫さんから聞いた。
で、梅棹さんが教えてくれた教訓話のポイントは、こうだ。
ある一人の棟梁大工が、弟子を連れて材木を探す旅に出た。すると、ある村で神木として尊ばれている巨木に出会った。
弟子が「この木を使おう」といったが、棟梁は反対した。「あの木は役に立たなかったからこそ巨木になれたのだ」と。
ほかの木は建築に使いやすく、「財あるいは材」(材木ということばもここから出ている)になる木だったから、どんどん伐られてしまった。
ところがこの木は曲がっていたりして使いにくい「散木」、つまり使えない木と判断されたので、人に伐られなかった。そのおかげで神木になれたのだよ――と。