※本稿は、今井むつみ著『人生の大問題と正しく向き合うための認知心理学』(日経BP)の一部を再編集したものです。
人が見えている世界
ここからさっそく、人間という生き物の認知の特徴を知り、人間がどのように世界を見て、情報を処理し、記憶し、思考し、学んでいるかという問いへの理解を進めていきましょう。
まず、「見る」ということから考えます。そもそも人は、どのように世界を見ているのでしょうか。
私たちは何となく、「自分の見ている世界」と「隣の人が見ている世界」は同じだと思っています。たとえば今日のこの講義の風景は、誰が見ても同じだろうと無意識に想定していると思います。でもほんとうにそうでしょうか。

このドレスは何色か
また、多くの人は、「自分は客観的に見て、物事を捉えている」と考えています。こちらもほんとうでしょうか。
「そもそも」から始めてみましょう。
【見る①】ドレスの色が違って見える不思議
数年前に、SNSを中心に、ある写真が流行りました。ドレスが1枚写っている写真です。その写真はこの講義でも紹介しましたが、その前にもどこかで見たことのある方も多いのではないでしょうか(実際の写真は、https://en.wikipedia.org/wiki/The_dressなどで閲覧可能です)。
なぜ、ただドレスが1枚写っている写真が流行ったのか。それは、見る人によって違う色に見えるからです。
SNS上での自発的な調査やその他の調査を見たところ、「黒と青のボーダー」に見える人のほうが多いそうです。でも残りの人には「白と金のボーダー」に見える。私はこの写真を数え切れないほど何回も見ましたが、何度見ても「白と金」にしか見えません。実は自分はマイノリティで、多くの人が「黒と青のボーダー」に見えているということを知っていても、「白と金」にしか見えないのです。
なぜこのような現象が起こるのでしょうか。実は、なぜこのような個人差があるのかは明らかになってはいません。ただ、「脳の細胞のつくりが人によって違う」などが理由ではありません。認知心理学の範囲である「知覚認知」の問題といえるでしょう。
私たちの「見る」という行為は、外界にある対象を網膜に映したイメージから始まります。しかしこのとき、網膜に映るものをカメラのようにパシャッと切り取って認識し、記憶しているのではありません。網膜に映ったものを知覚するまでには、脳内でものすごくたくさんの工程を経ていることがわかっています。